まず、アメリカの西バージニア州にある米国立天文台グリーンバンク観測所における天頂方向の電波の透明度を計測した結果(下図)を見てみましょう。この計測は、可降水量が1cm、地表の温度が 288 K(摂氏15℃)、雲が全天の55%を覆っている状態で行われたものです(この数値は、グリーンバンク観測所における夏の標準的な天気を表しています)。
可降水量(pwv: perceptive water vapor)は、大気中の水蒸気を全部液体として溜めた場合どの程度の深さとなるかを表した量で、大気中の水蒸気量を表す単位としてしばしば用いられます。
上図において大気の不透明度(縦軸)は、光学的厚み $\tau$ という量で表されています。光学的厚みについては追々回を改めて詳しく解説する予定です。ここでは、光学的厚みが $\tau$ のときは、宇宙から飛来した電磁波の強度が、大気を通り抜ける間に $\exp(-\tau)$ 倍まで減衰されるということだけ理解しておいてください。
上図で電波域における大気の透明度(光学的厚み)は実線で表されていますが、この透明度はいくつかの成分から構成されています。大気の透明度を決定付けている個々の吸収メカニズムについて、その特徴を以下で詳しく見て行きましょう。
上図中、「酸素」で表されている成分(中破線)は、酸素分子による吸収を表しています。酸素分子(${\rm O_2}$)は、同じ分子が二つくっついた分子で、永久電気双極子モーメントがありませんので、回転遷移がないように思いがちですが、実は永久磁気双極子モーメントが存在し、回転遷移が存在します。大気中の酸素分子のラインは、大気による圧力効果で大きく広がり、60 GHz あたりの周波数で極めて強い吸収を引き起こします。酸素による吸収のため、52 GHz から 68 GHz あたりでは地上からの電波観測はほとんど不可能です。
水分子には、22.235 GHzに強いラインが存在するために大気中の水分子によってこの周波数近辺で吸収が起こります。上図では、22.235 GHz の周りに吸収パターンが大きく広がっていますが、これは大気中の水分子のラインが大気の圧力による影響で広がっているためです。地球大気の中では、水分子ラインのライン幅は 4 GHz 程度まで広がります。また、22.235 GHz から離れた周波数でも水蒸気による吸収が見られますが、これは赤外域にある極めて強いラインの裾野が電波域にも影響を与えていることによって起こる吸収です(広い範囲で吸収が起こるので「連続吸収」と呼ばれることがあります。) この二つの吸収の強さは、原因が大気中の水分子ですので、可降水量(つまり水分子の柱密度)に比例します。
今回までは大気による吸収や散乱の効果を見てきましたが、次回は大気が出す電波放射も、電波天文学の観測を邪魔する要因となるという話をしたいと思います。