2014年5月5日月曜日

第5回 大気の窓 ― その4

これまで3回にわたって、地球大気の電波域における通過特性を、主に吸収と散乱の効果についてまとめてきましたが、今回は、大気の窓の話の最後として、大気から放射される電波の影響について簡単にまとめます。

地球大気は、宇宙から飛来した電磁波を減衰させる働きをしますが、実はそれだけではなく、大気自体も強い電波を放射しています。この大気が放射する電波は、地上から宇宙電波を観測する際に、大きな障壁として立ちはだかります。

前回、地球大気の不透明度を表すために光学的厚み $\tau$ という量を用いました。既にお話したとおり、大気の光学的厚みが $\tau$ のとき、宇宙からやってきた電磁波の強度は、大気を通り抜ける間に $\exp(-\tau)$ 倍まで減衰します。

さて、電波天文学では、システム温度 $T_{\rm s}$ という量をノイズの指標として使います。システム温度で表されるノイズレベルには、受信機からのノイズ、大気からのノイズ、その他の装置からでるノイズなど全てのノイズが含まれています。システム温度の詳細は別の機会に説明したいと思いますが、$T_{\rm s}$ の値が大きいほどノイズが大きく弱い電波の受信が困難となります。

温度が $T$ の大気は、システム温度 $T_{\rm s}$ を、$\Delta T_{\rm s}=T\{1-\exp(-\tau)\}$ だけ上昇させます。(ここでの大気の温度 $T$ は、正確には運動温度(kinetic temperature)と呼ばれるものですが、運動温度については、後に天文学的な問題を扱う際に詳しく説明したいと思います。)

大気の温度は絶対温度で 300 K 程度ですが、近年の受信機を用いた場合の受信機起源のシステム温度は 300 K よりも遥かに小さいので、ノイズを引き起こす主たる要因は大気の電波放射ということになります。前回まで吸収や散乱の効果を見てきましたが、実は微弱な宇宙電波を観測する電波観測において、一番大きな観測阻害要因は大気からの電波放射なのです。

電波観測においては、地球大気が放つ猛烈なノイズの海の中から、非常に微弱な宇宙電波を受信するという大変困難な作業を行っているのです。

標高5000mのサイトに設置されたALMA望遠鏡
したがって、高い感度の電波観測を行う現代の電波望遠鏡は、大気の影響を少なくするために水蒸気量の少ない高地に設置される場合がほとんどです。上の写真は最近稼動し始めたALMA望遠鏡ですが、標高5000mの地点(チリのアタカマ高原)に設置されています。ALMAのサイトでは、前回説明した可降水量(pwv)が、0.1 cm 以下という非常に乾燥した状況で観測することが可能です。


下図は、ALMA望遠鏡のサイト近くで計測された大気の透過度特性です。ALMA望遠鏡は、最終的に下図に示されているような10の周波数帯(バンド)で観測することを目指していますが、高い周波数に行くほど大気の透過度が低く、観測が困難であることが理解できます。このような非常に透過度の低い高い周波数での観測を計画しているために、ALMAは5000mという高所に設置されているわけです。

ALMAサイト近くで計測された大気の透過特性

次回は、電波域における大気の窓で具体的にどのような天体や天文学的な現象が観測されるのかを見ることにしましょう。