2015年6月4日木曜日

【ノート】 加速電荷からの放射

電荷の加速によって電磁波(電波)が発生する現象はマックスウェル方程式によって記述されます。電波天文学の学習の手始めとして、私達は点電荷に加速度 $\Delta v/\Delta t$ が加えられるときに発生する電波の強度や強度の空間分布を知る必要があります。しかし、数学的に厳密な形でマックスウェル方程式を扱うと数学的な扱いが複雑になりすぎて物理的な理解を妨げる恐れがあるように思います。ここでは、J. J. Thompsonが示した比較的簡単な方法で、電波の強度や強度の空間分布を導いてみます。

静止している点電荷を考え、点電荷の電荷を $q\,[{\rm C}]$ とします(以下、単に電荷 $q$ とします)。クーロンの法則(Coulomb's law)によると、このような電荷が作り出す電場は完全に球対称で方向は動径方向です。したがって、動径方向の電場の強さを $E_r$ トータルの電場の強さを $E$ と表すと、$E = E_r$ という関係があります。次に、この点電荷が、短い時間 $\Delta t$ の間に、わずかな速度 $\Delta v \ll c$ だけ加速される場合を考えます。この加速度が時間 $t$ だけ継続したとすると、動径に直角方向の電場の強さ $E_\bot$ は次のように表されます。\[\frac{E_\bot}{E_r} = \frac{\Delta v\,t\,\sin \theta}{c\Delta t}  \]ここで、$\theta$ は、以下の図に示すように、加速度の方向と観測者の視線方向のなす角です。

図1 加速する電子が作る磁場
クーロンの法則によると、電荷 $q$ から、距離 $r$ の位置における、電場(単位電荷が受ける力)の動径方向成分 $E_\bot$ は、CGS静電単位系(Gaussian cgs units)において以下のように表される。\[E_r = \frac{q}{r^2} \tag{1}\]

(1)式を冒頭の式に代入し、$t = r/c$ を考慮すると、電場の垂直成分 $E_\bot$ は以下のように記述されます。\[E_\bot = \frac{q}{r^2} \frac{\Delta v}{\Delta t} \frac{r^2 \sin \theta}{c^2} = \frac{q\, \dot{v} \sin \theta}{r\,c^2} \tag{2}\]

(2)式の関係は、十分小さな加速に対しては常に成り立ちます。電波が電荷から観測者に届くまでにかかる時間 $t$ は $t = r/c$ を代入して整理するときに消えてしまうので、垂直方向の電場 $E_\bot$ は、電荷 $q$、電荷の加速度 $\dot{v}$、電荷から観測者までの距離 $r$、観測する方向による補正 $\sin \theta$ によって決定されることが分かります。ここで注意していただきたいのは、$E_\bot$ が $r^{-1}$ に比例するのに対して、$E_r$ は $r^{-2}$ に比例することです。この性質により、電荷から十分な遠方では、$E_r$ は $E_\bot$ に対して無視できることが分かります(つまり、十分な遠方では$E_\bot$ のみを考慮すればよい訳です)。

では、動径方向とそれに垂直な方向の電場が、それぞれどれくらいの大きさになるのかを考察してみましょう。真空中において、電磁波が単位面積当たり単位時間あたりに運ぶエネルギー流束 $\vec{S}$ (これをポインティングベクトル [Poynting vector]、もしくはポインティングフラックス [Poynting flux] と呼びます)は、CGS静電単位系では、以下のような形をしています(導出については電磁気学の適当な教科書を参照のこと)。\[\vec{S} = \frac{c}{4\pi} \vec{E} \times \vec{H}\]

CGS静電単位系では、$|\vec{E}| = |\vec{H}|$ なので、以下の関係が成り立ちます。\[|\vec{S}| = \frac{c}{4\pi}E^2 \tag{3}\]

電荷から十分離れた場所では電場は $E_\bot$ で近似できるので、(3)式に(2)式を代入することができ、以下の様な関係が得られます。\[|\vec{S}| = \frac{c}{4\pi} \left(\frac{q\,\dot{v}\,\sin \theta}{rc^2} \right)^2 = \frac{1}{4\pi} \frac{q^2 \dot{v}^2}{c^3} \frac{\sin^2\theta}{r^2} \]

この関係から、加速する電荷が作る電磁波のエネルギー分布は、図2に示した様な、電荷の運動方向を対称軸としたドーナツ型の分布であることが解ります。

図2 ラーモア放射のエネルギー分布。加速度ベクトル $\vec{v}$ から60°の位置から眺めた
状況を示している。エネルギーの大きさは、すべての位置において、$\vec{v}$ の観測方向に
垂直な方向成分に比例している。

図3 本文中の計算で用いた座標系
放射される電磁波の全エネルギーは、上記で求めたエネルギーを全方向に渡って積分することで得られます。\[P = \int_{\rm sphere} |\vec{S}|\, dA \]
\[P = \frac{q^2 \dot{v}^2}{4 \pi c^3} \int_{\phi = 0}^{2 \pi} \int_{\theta = 0}^{\pi} \frac{\sin^2 \theta}{r^2} r \sin \theta\, d \theta\, r \,d \phi \]
\[P = \frac{q^2 \dot{v}^2}{2 c^3} \int_{\theta = 0}^{\pi} \sin^3 \theta\, d \theta \]

定積分の公式、$\int_{\theta = 0}^{\pi} \sin^3 \theta\, d \theta = \frac{4}{3}$ を用いると、最終的に加速する電荷が放射する電磁波の全エネルギー $P$ は次のように求まります。\[P = \frac{2}{3} \frac{q^2 \dot{v}^2}{c^3} \tag{4}\]

(4)式をラーモアの方程式(Larmor's equation)と呼びます。ラーモアの方程式から、加速する電荷はエネルギーを放射すること、またその大きさは加速度の2乗に比例することが分かります。天文学が取り扱う問題の中で、最も大きな加速は通常電磁場によって引き起こされます。また、その大きさは、通常は電荷の大きさと電荷の質量の比に比例します。したがって、例えば陽子と電子を比べると、陽子は電子よりも $2 \times 10^3$ 倍ほど大きな質量を持つので、同じ電磁場のもとで加速されるとき、電子のほうが $4 \times 10^6$ 倍強いエネルギーを放射することになります。

ラーモアの公式から出発して、短いダイポールアンテナからの放射エネルギーや、天体からのシンクロトロン放射の放射エネルギーなどを計算することができます。ただし、ラーモアの公式は非相対論的な速度範囲内においてのみ有効であることを注意して下さい。つまり、扱う速度 $v$ が $v \ll c$ のときのみこの公式を適用することができます。相対論的な問題を扱う場合、つまり問題とする電荷が観測者のいる座標系に対して光速に近い速度で運動している場合、まず電荷が静止しているみなせる座標系においてラーモアの公式を適用し、その後に、相対論にしたがって、得られた結果を観測者の座標系に変換する必要があります。また、相対論的な効果と同様に、ラーモアの公式は、量子力学的な観点からの制約もあり、分子や原子レベルのミクロスコピックな問題に適用する場合にも注意が必要です。例えば、水素原子内の電子にラーモアの公式をそのまま適用してしまうと、電子があっというまに原子核に落ち込んでしまうという結果になり、結果が現実に会いません。